FC2ブログ

今週の予定は・・・

先週の日曜日は即売会のハシゴだった。
小規模なイベントと中くらいのイベント。

小規模なイベントって何も買うものがなくてもサークルを回っているだけで楽しい。
“これぞイベントの原点”って感じがする。
自分が初めて同人誌イベントってものに参加したのってすげえ小規模なイベントだったしな。
千葉のイベントなんだけど・・・今検索してもヒットしない。
そもそもイベント名忘れた。
千葉で即売会自体やってない。
カタログに必ずペンギンのマークが入っていたんだけど・・・誰か知ってる人いないかな。

今週末はイベント参加の予定はなし。
すげえ時間に余裕があったら都産貿行くかも。

夜からクイズマジックアカデミーのサークル内対戦が待っているので強行スケジュールは避けたいんよ。
天気良くならねえかな・・・。
スポンサーサイト

入院してました(Part7)

退院したのは手術してから一ヶ月ちょい。
ほとんど毎日外出していたけど“退院”となるとまた違うね。
実に景色が晴れ晴れとして見えた。
入院とかもう二度とゴメンだ。

今は実家に戻りゲーセンで遊びつつ静養生活している。
俗に言う“ごく潰し”ってヤツだな。
もうしばらくニート生活してるっす。

今でも月イチくらいのペースで通院しているが・・・何か病院そのものが“準ホーム”的な存在になってしまった。
病院内でストレッチャーで運ばれて行く人を見ると心が痛む。
オレも乗った事あるだけにな。
救急車のサイレンの音も・・・昔はさして気にも留めていなかったが、今は音が聞こえるたびに“どんな人が搬送されているんだろうな”という気持ちになる。

ヘタしたらオレもうこの世にいなかったかもしれないんだもんな。
人生なんてホントちっぽけではかないモンだ。

てな訳で異常に長くなってしまったがオレの入院に関する日記は今回で終わり。
同人の事書くために始めたブログだもんな。
そっち方面書かないとな。
・・・でも明日はQMA関連になってしまいそうだ・・・。

入院してました(Part6)

病院に入院して三週間ほど・・・ようやく外出許可が出た。
これでオレも自由な小鳥だ!

んな訳ねえな。

とにかく体中の筋肉という筋肉が落ちまくっていた。
ペットボトルのふたも開けられないで看護婦に開けてもらう始末。
外出と行ってもそう遠くへ行けるはずがいない。
自分がサークル参加するはずだったイベントの会場が浜松町。
病院は品川。
普通なら目と鼻の先のようなモンだがこの時点では絶望的な距離。
行ったら浜松町出たあたりでぜってえぶっ倒れると思った。

外出先は主に五反田のゲーセン。
病院から徒歩15分くらいの距離。
それでも2・3回ほど休みながら向かった。
でも久し振りにQMAを出来る事に感動した。
指の感覚も普段とはちょい違う感じだったがそれでもQMAが出来る事が何よりもうれしかった。
帰りは登り坂になるのでタクシー。
両親が見舞いに来た時は近所でメシ食うだけ。
雨が降ったり寒い日は外出はナシ。
風邪に対する免疫が落ちているからなんだと。
おかげで農家の人並みに明日の天候とか気にする日々だった。

入院してました(Part5)

団体部屋は6人まで入れた。
満席の時もあったしオレだけのエンペラータイムもあった。
団体行動があまり好きではないオレは同じ部屋に知らねえヤツがいるという環境が少々苦痛だった。

短いヤツは三日くらいで退院してしまったな。
気がつけばオレな“牢名主”よろしく最古参になっていた。

やっぱ高校生から年寄りまでいろんな人と同室になった。
カーテンで仕切りがしてあるので他の人の顔を見る機会はあんまなかった。

すげえうっとおしいジジイがいた。
多分60~70くらい。
大した用もねえのに看護婦呼びやんの。
それこそベッドの寝ごこちが悪い、なんてレベルで呼び出しやがる。
オレのいびきがうるさいとかで看護婦にグチをこぼしたのもこいつらしい。
おかげで真夜中に看護婦に起こされたよ。

“いつ退院出来るものか”と指折り数えて待っていた。
だって「集中治療室」→「個室」→「大部屋」とくれば後は退院するのみじゃん。
でも隣の人は急に病状が悪化したとかでベッドごと何処かへ連れて行かれた。
まだ安心出来ないのね。

食事は相変わらずマズい。
あまりにマズくて食べ残すくらい。
とにかく塩分を控えた食事が出された。
そういう食事をしているといかに塩分が優れた調味料だという事を思い知らされるね。
でも塩分に関係なく根本的に食欲なかったな。
テレビで鳥のから揚げを作っているシーンなんかが映るとそれだけで気持ち悪くなった。
食事で唯一美味しいと思えたのは牛乳。
あとは購買コーナーで買ったファイバーインゼリーかな。

この頃には何とか自力で歩けるようになった。
と言っても病院内をウロウロする程度。
外に出られるようになるのが待ち遠しかった。

就寝は21時。
でもそんなの守るオレじゃねえ。
プロ野球の日本シリーズとかしっかり最後まで見てた。
気がつけば就寝時間過ぎてもお菓子食ってるヤツやテレビ見てるヤツいた。
その辺は看護婦も見て見ぬふりをしていたのだと思う。
今思うと結構緩い病院だったな。

入院してました(Part4)

集中治療室から個室の病室へ移動。
何か“回復に向かっている”という事を実感出来るね。

さすがにこの頃になると記憶もはっきりしだす。
点滴がうざく感じる。
信じられないかもしれないが、集中治療室にいた時は点滴を受けている実感すらなかった。

呼吸器はナシ。
普通に空気を吸えるのがこんなに気持ちの良いものか、と実感。
この頃になると声も普通に出せていたように思う。
もう二度と呼吸器は使いたくねえ。

看護婦が周囲をウロウロしてねえ。
まあ、個室のドアについている窓からこちらの様子は丸見えなのだが・・・。
でも食事だの点滴だの体ふきましょうねだので結構頻繁に部屋には入って来たか。

歩けねえ。
これが一番びっくりした。
長い間ベッドに寝たきりだったもんでロクに歩けなくなっていた。
看護婦付き添いのもと、点滴をぶら下げる棒状の器具を杖代わりにして病院の廊下を歩いた。
初日は50m。
生まれたての鹿のような足どりで歩いた。

まだオムツをしていた。
でもオムツでは収まらないようなウ○コが出そうになった。
看護婦にその旨を伝えたらしびんをもらった。
何を思ったかオレは“しびんでウ○コもするもんなんだ”と考えてしまった。
しびんの穴の部分にオレの尻をくっつける。
発射する。
見事に室内にウ○コがばらまかれる。
結局看護婦さん巻き込んでの大騒動になった。

手に力がはいらない。
ベッドのそばに置いてあるゴミ箱にチリ紙を投げ捨てようとするがいかんせん力が入らないのでチリ紙が手元に落ちてしまう。
チリ紙を捨てるだけでも一苦労だった。
その後すぐにベッドにコンビニ袋が巻き付けられそこにゴミを入れるようになった。

食事は当初おかゆみたいなものだったが途中から普通の白飯になった・・・はずだがあんま記憶にねえ。

夜中の病院は結構出るらしい。
写真とかビデオとか撮ると結構いい確率で映つるようだ。
そんな話を最近知った。
入院中に知ったら・・・怖くて夜中トイレ行けなかっただろうな。

んな感じで個室で一週間ほど過ごす。
そして回復具合を見計らって団体部屋に放り込まれるのだった。
プロフィール

湖向裏保(こなた うらやす)

Author:湖向裏保(こなた うらやす)
5月生まれ・双子座・A型
神奈川県出身・東京都在住・・・だったが体調を崩し神奈川へ戻る。

blue flow(ブルウフロウ)
というサークルで同人イベントに参加中。

以下最近のお気に入り~

●アイドルマスター
 やよいスキー
 やよ×いおは至高
●クイズマジックアカデミー
 アロエスキー
 CN Tつきやよい
 ドラフェニウロウロ
●俺の屍を越えてゆけ
●灰羽連盟
●マリア様がみてる
など

カテゴリ
カレンダー
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
参加イベント
■各種アイマスオンリーイベント
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク